2010年07月20日

さよなら、アワード。

2010年7月18日。吉祥寺アワードが閉店しました。

アワードは2008年11月1日に開店。
約1年8ヶ月の歴史は、最後のハウトーをもって閉じました。

僕が吉祥寺に引っ越してきた時、アワードは開店してまだ3週間ぐらい。
まだまだ初々しいスタッフと、何も無い店内が印象的でした。

当時僕のRatingは5から4に落ちたぐらい。
引っ越してきたばかりの僕は、無駄に長いダーツ暦の中でやっと会えたばかりの仲間から離れてしまい1人きり。
そんな僕が、ご飯がおいしくて、ダーツが大好きで、居心地のいい店に足繁く通うようになり、ホームショップとするのに時間はかかりませんでした。

当時は5人のスタッフという印象。
教授、マサヤさん、マナミコに加え、K.zu君もいて、ダイゴも結構姿を見て。
それが次第に3人のメンバーになっていきました。

しだいにアワードにはいつものお客さん達が連日集うようになり、楽しい時間を共有しながらメドレー三昧の毎日を過ごしました。
吉祥寺を歩けば知り合いと顔を合わせることも多く、アワードのおかげで、この街は見知らぬ土地、Awayではなく、友人たちのいる自分の街、Homeになりました。

僕は最初ホームショップという考え方には否定的でした。
ダーツは徹底した個人技で、メドレーやダブルスでさえ結局は一人でやるのがダーツ。だからチームや店に依存する事なんかないと。
それがいまではホームとはということがよく分った気がします。

色んな大会にも出ました。
ハウトー、DJO、湾岸、ADAJ、DMJC、吉楽。
どれも成果を残す事はかないませんでしたが、自分の力を思い知るのに、良い機会となりました。
大会では全く良い結果を残せなかったけれど、Aフラに到達して、カードネームにAwardと入れられた事が唯一の成果であり、小さな小さな恩返し。

そんな大切なホームに危機感を覚えたのは最近。
アワードからはTouchLiveが無くなり、近隣のダーツバーが閉店した時。
大切なものは自分で守らなきゃいけない。
それからは、胃をやってからはあまり飲めなくなったお酒も1杯余計に飲み、自分が飲めない分はスタッフにとしていましたが、焼け石に終わってしまいました。
悔しい限りです。


いつもの階段を降りると、
いつものテーブルやカウンターがあって、
いつもの酒棚から、
いつものグラスでお酒が出てきて、
いつもの美味しい食事があって、
いつものスタッフがいて、
いつものお客さんがいて、
いつものライブ台があって、
いつものくだらない話があって、
いつもの様にメドレーをして、
いつもの階段を登って帰る。


そんな、いつもの、当たり前の日常がもう無くなってしまいました。

ダーツ馬鹿でみんなをいつも楽しい気持ちにさせてくれた教授。
まだまだ勝てるようになりませんでした。

いつも店全体を見渡してアワードを、教授をささえてくれたマサヤさん。
ご飯いつも美味しかったです。

美人だけどすぐやさぐれちゃう看板娘のマナミコさん。
最後に大きな花を咲かせましたね。凄かったです。

3人共、本当に本当にありがとう。
僕はやっぱり、3人のスタッフと、3人がいるアワードという店が大好きでしたし、強い思いを抱いていました。

アワードというホームは、色々な事が変わっていく毎日の中の、大切な良い思い出。
そして、アワードが無くなってしまう事は、毎日の中の1つの変化。

3人に最大限の感謝を送り、これからの幸せを祈っています。

教授、マサヤさん、マナミコ。
本当にありがとう。
posted by 赤ヅマ at 17:52| Comment(0) | Play記録
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